大判例

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大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)15号 判決 1984年4月25日

原告

深尾照夫

右訴訟代理人

松森彬

木村保男

的場悠紀

大槻守

萩原新太郎

川村俊雄

被告

大阪国税局長

塚越則男

右指定代理人

布村重成

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1(一)ないし(七)(但し、原告の取得資産中、株式の取得比率を除く)及び同(九)の事実並びに被告が原告の財産に対し、本件で取消を求めている被差押債権を含む別表1、同2の如き差押えをした事実(但し、処分予定価額の点は除く)は当事者間に争いがない。

二まず、原告は、その主張の相続税の申告が無効であることや、災害減免法の適用のあること、その他を理由に、租税債務は不存在であるとして、別表2の番号1の差押(以下本件差押ともいう)の取消を求めているところ、被告は、相続税の課税の過程に原告主張のような瑕疵があつたとしても、これと滞納処分とは別個の処分であるから、差押処分に違法がない限り、課税処分の瑕疵を理由に差押処分の取消を求めることは許されないと主張する。しかし、課税処分に重大かつ明白な瑕疵があるとか、その他の理由により、租税債務が現に存在しないのに、滞納処分による差押をすることは違法というべきであつて、右差押を受けた者は、当然にその取消を求め得るものというべきであるから、右被告の主張は失当である。

三申告が無効(担当係官の基本通達による指導)であるとの主張について

原告は、その請求原因1の(六)に記載の本件各株式の評価額を、大部分の相続財産の価格として申告した本件相続税の申告及び修正申告は無効であると主張するので、まずこの点について判断する。

所得税の確定申告ないし修正申告の記載内容に錯誤による過誤がある場合の右錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、更生の請求という所得税法自身が定めた方法以外にその過誤是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、許されないと解すべく(最高裁昭和三九年一〇月二二日判決民集一八巻八号一七六二頁)、このことは相続税の申告についても同様に解すべきところ、右の「申告についての錯誤が客観的に明白」であるとは、申告ないしは修正申告の内容が適正な相続財産額及びこれに対する税額と異つていることが、一見して客観的に明白であることをいうものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、<証拠>によれば、原告主張の請求原因1の(六)記載の各株式の評価額は、国税庁の相続財産に関する基本通達に合致した評価であることが認められるところ、原告は、右国税庁の通達は、違法不当であるに拘らず、右申告に際し、所轄の芦屋税務署もしくは大阪国税局の担当係官が、原告の取得した本件相続に係る株式の評価方法について、部内に示達されているいわゆる相続財産評価に関する基本通達に示されている画一的な基準を唯一無二の絶対的なものとして、これを原告に押しつけ、専門知識がなく、担当係官らを信頼している原告は、否応なくこれに従わざるを得なかつた旨主張しているが、本件における全証拠によるも、右事実を認めることができない。却つて、証人梅次秀文の証言によれば、所轄の芦屋税務署又は大阪国税局の担当係官が、右基本通達に基づき、本件相続に係る株式の評価につき指導助言をしたことはあるが、基本通達に示されている基準を唯一無二のものとして原告に押しつけたことはないことが認められる。

次に、相続税法二二条は、相続財産の評価は、同法第三章に特別の定のある場合を除いて、当該財産の取得時における時価による旨定め、株式の時価については特別の定めを設けていないところ、右相続税法二二条にいわゆる時価とは、一般的には、相続時におけるそれぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格をいうものと解すべきである。ところで、<証拠>によれば、国税庁は、その基本通達一六九において、上場株式の評価は、証券取引所の公表する課税時期(相続開始日)の最終価格または課税時期(相続開始日)の属する月以前三か月間の毎日の最終価格の各月ごとの平均額(以下「最終価格の月平均額」という)のうち最も低い価格に評価することとしていることが認められるところ、これは、あくまで株価は、日日上下することがあるため、相続開始時に一時的に騰貴した株価をもつて相続財産の評価額にするは不合理であるところから、これを避ける趣旨で定められたものと解すべく、また最終価格の月平均額を相続開始の三か月前の株価のみを考慮し、相続開始後の株価を考慮しないこととしたのは、株価の恣意的操作を防ごうとする趣旨に他ならないと解すべきである。このように、右基本通達一六九条により、上場株式につき、相続税法二二条にいわゆる相続開始時の時価の算定基準を示すことは、右時価の評価を納税者に委ねた場合の不統一による不公平を回避し、相続税の課税の公平を期するために、必要かつ合理的なことであり、右基本通達一六九条に定める株式評価の方法は、株式の実質的な価値と一時的な需給関係による価格の変動を調整し、実勢価額を加味するものであつて、合理的なものであるというべきである。

もつとも、原告は、現在の証券市場における株式の取引価格は、極めて不安定であるから、上場株式であるからといつて、相続開始時の証券取引所の取引価格のみを唯一の基準として株式の評価額を定めることは合理的でなく、少なくとも相続開始前二年と相続開始後申告書提出期限まで二年半の相続開始前後にまたがる期間のなかの最低価格によるべきであるとし、殊に本件では、原告の相続した本件各株式は、いずれも輾々流通の可能性のないいわゆる支配株で、しかもその多くは、非上場株式であり、かつ、相続開始後の不況により、その株価は、現実に大幅に下落したから、前記通達の基準により、原告の相続した株式の株価を評価することは、違法不当であると主張している。しかしながら、相続は被相続人の死亡と同時に開始すると共に、相続税の納税義務が発生するし(国税通則法一五条二項四号)、また、相続財産を取得したものは、相続開始のあつたことを知つた日の翌日から六月以内に相続税の申告をすべく(相続税法二七条参照)、右申告と同時にその納付期限が到来するから(国税通則法三五条一項)、そもそも、相続人は、相続の開始を知つたときから遅滞なく相続税の申告をしてこれを納付すべきものである。したがつて、相続開始時から右相続税の申告までの間に相続財産の価格が下落した場合には、これによる損害は、相続人においてこれを負担すべきものであると解するのが相当であつて、右損害を回避するためには、相続人において遅滞なく相続税の申告をしてこれを納付すべきであり、またもし、相続の開始後相続税の申告までの間に、相続財産の価格が下落したために、現実に相続財産を相続することにより損害を被ることが予測される場合には、相続の放棄又は限定承認(民法九一五条以下)をもつて、これに対処すべきである。もし右のように解さずに、相続財産の評価を、相続開始後相続税の申告までの間に相続財産の価格が下落したときは、その下落した価格によるものと解することは、相続財産の価格を、当該財産の取得の時(相続開始の時)における時価とした相続税法二二条の明文の規定に反するばかりでなく、株式のような変動の激しい相続財産については、相続開始後、これを大量に売り出すなどして、一時的に相続財産の価格を下落させる操作を容認することになる上、さらに右価格の下落前に相続税の申告をしてこれを納付したものとの間に、税額の不均衡が生じて不合理な結果を招くことになるのである。そして、右の理は、相続財産について未だ分割の行なわれていない場合についても同様であると解すべきである。けだし、未分割の相続財産に対する相続税の申告義務を、遺産分割後まで留保することを認めれば、その間相続税の納付を免がれることになつて不合理であるところから、未分割の相続財産については、各共同相続人が民法の規定による相続分に従つて当該財産を取得したものとして課税価格を計算するものとし、もしその後において、これと異る相続財産の分割がなされた場合には、その分割された内容にしたがつて、課税価格を計算し直し、これに基づいて、更正の請求、修正申告、或いは更正決定ができるとされている(相続税法五五条)からである。

以上の次第で、株式の評価額を、相続開始前二年と相続開始後申告書提出までの二年半の相続開始の前後にまたがる期間のうちの最低の価格によるべきであるとの原告の主張は到底採用できず、また、その他種々の事情をあげて、前記基本通達による株式の評価が違法であるとの原告の主張は、いずれも独自の見解であつて採用できない。却つて、上場株式について、相続開始後の株価を考慮することとしていない前記基本通達一六九条には、前述の通り、何らの不合理もなく、このことは、非上場株式の場合についても、同様に解すべきである。

そうすると、前記国税庁の基本通達の内容にそつた本件申告ないし本件修正申告は、客観的に適正な相続財産額及びこれに対する税額と異なつているものとはいい難く、却つて、適正なものというべきであるから、本件申告ないし本件修正申告が錯誤により当然無効であるとの原告の主張は失当である。

四災害減免法の適用ないし類推適用の可否について

<証拠>によれば、昭和四八年のいわゆるオイルショックに端を発した我が国経済の長期にわたる不況により、永大産業株式会社は、昭和五三年二月二〇日倒産し、同社及び同社関連会社の株式は値下りし、殆ど無価値と化したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は、このような場合、災害減免法四条の規定の適用ないし類推適用がなさるべき旨主張するが、同法一条は、この法律にいわゆる災害とは、震災、風水害、落雷、火災その他これらに類する災害であると規定しているところ、この規定の文言からすれば、同法にいわゆる災害は、自然界に生じた災害を指し、いわゆるオイルショック等の社会経済事情の急変による相続財産の価格の下落は、これに当らないものと解すべきであるし、また、これを実質的にみても、一般に、株式会社が会社更生法の適用を受けたためにその株価が暴落しても、将来会社が再建されてその株価が高騰することもあり得るから、会社更生法の適用を受けたためにその株価が暴落したからといつて、このことを理由に、直ちに災害減免法第四条を適用して、相続税を免除することは相当でないというべきである。殊に、本件においては、永大産業株式会社が会社更生法適用の申請をしたのは、昭和五三年二月二〇日であることは当事者間に争いがないところ、原告の本件相続が開始したのは前記のとおり昭和四八年五月二日であるから、それから永大産業株式会社が会社更生法適用の申請をするまでの間に五年近くあるのであつて、このように相続開始後五年近くも後に生じた会社更生法適用の申請による株価の暴落を理由に、相続税の減免をするというようなことは、もともと災害減免法の予定しているところではないというべきである。その上、本件において、原告が相続した相続財産の大部分を占める本件各株式の如きは、将来その株価の変動があることは、当然予測されることであつたから、原告において、その相続税を納付するに当り、他の相続人と協議して、速やかに相続財産である本件株式を物納するか、或いはこれを他に売却するなどして、その納付義務を遅滞なく履行すれば、将来の株価の暴落による損害を回避することも充分に可能であつたというべきである。したがつて、以上の諸点からすれば、本件のように、相続開始後の株価の暴落については、災害減免法の適用ないしその類推適用を認めることは相当でないし、また、災害減免法の精神や条理に従つて、相続税の減免をすべきものでもないと解すべきである。そして、このことは、原告が、その主張の如く、永大産業株式会社の代表者として、同会社の経営に当つており、その相続した株式がこれを他に処分し難い支配株であつたとしても、変らないものというべきである。けだし、原告がその自由意思に基づき、右株式を保有しながら相続税の延納の途を選んだ以上、その後の経済事情の変動により、思わざる株価の暴落に遭遇したとしても、これによる損害は、自ら選択した結果によるものとして、これを原告において負担すべきものと解するのが公平の原則に合致するからである。もつとも、原告は、当時相続人間で亡茂の遺産分割の協議が成立していなかつたから、本件各株式を物納し、又は、処分して換価することはできなかつたし、現に被告の担当者は、右物納を認めなかつたと主張するが、右原告の主張事実に副う<証拠>は信用できず、他に右原告の主張事実を認め得る的確な証拠はない。却つて、遺産分割が成立していないときでも、他の相続人と協議して、取敢えず各相続人の相続分に応じて納付すべき相続税の一部として、本件各株式を物納し、またはこれを他に売却処分し、換価して、相続税の支払にあてることは、法律的に可能であつたというべきであるから、右原告の主張は採用できない。

のみならず、災害減免法第四条の規定により相続税の免除を受けようとするものは、その旨、被害状況及び被害を受けた部分の価額を記載した申請書を、災害のやんだ日から二ヶ月以内に、納税地の所轄税務署長に提出しなければならないところ(災害減免法施行令一一条二項参照)、<証拠>によるも、原告が本件につき、右所定の手続をとつたとは認めることができず、他に原告が右所定の手続をとつたことを認め得る証拠はないから、この点からも、本件については災害減免法第四条の適用ないし類推適用はないというべきである。

なお、原告の引用する最高裁昭和四九年三月八日判決民集二八巻二号一八六頁は、雑所得として課税の対象とされた金銭債権が後日回収不能となつた場合に関するものであつて、本件とは事案を異にするから、直ちに右判例の法理を本件に適用することはできない。

よつて、本件について、災害減免法第四条の適用ないし類推適用はないし、また、災害減免法の精神や条理に従つて、本件各株式の株価の是正措置を講ずべき余地もないというべきであるから、右災害減免法の類推適用その他により、原告には最早納付すべき相続税はないとし、これを前程に、本件各差押は違法であるとの原告の主張は、失当である。

(後藤勇 大沼容之 岩倉広修)

別表1〜6<省略>

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